みなそこすなどけい2

水底砂時計ni

For You(短歌15首)

For You 

 

「へこたれていじけた子になっちゃだめよ」(志村貴子放浪息子』)

 

ぼくの夢は夢を言いよどまないこと窓いっぱいにマニキュアを塗る

 

逃げきった鳥が青だよ 周到に荊を踏んでちかづくまでだ

 

通学は放浪だからどうしてもパフスリーブのあの服が要る

 

西の空とおくはばたく輪郭をまるで優しい炎とおもう

 

(はんぶんこってなんでできてる?)(おさとうと嘘とすてきななにもかもだよ)

 

あどけない理想でもいい街路樹にまどろむ冬の小鳥にパンを

 

突きつける傘の尖から落ちてゆく雫でいつかアクアリウム

 

誓います。薔薇の名前を捧げます。大人へといま離岸する舟

 

ふくらんだ胸と喉とを取りかえる魔法を日記に書いて交わした

 

さっきから探していたよ数々のなぞればきみの声になる星

 

なりたくてなるのをやめた姿さえ愛して橋の継ぎ目を越えて

 

過ぎ去れば映画みたいだ冷えた目にろうそくの火があんなにきれい

 

ひかりのシャワーを浴びてぼくらは静謐と呼べる時間のなかを歩いた


たかが恋 つまり春へと消えてゆく夜明けのつばさ、しののめの雪

 

でもこれは記録だ。ぼくのかじかんだ手が書く一度きりの夕焼け

 

初出:『京大短歌21号』(2015年5月)

志村貴子放浪息子』へのトリビュートです。初出時とちょっと変えてます。偶数首目の歌は登場人物の名前の折句)

2017.11.10超歌手大森靖子MUTEKI弾き語りツアー@金沢21世紀美術館シアター21

 11月10日の超歌手大森靖子MUTEKI弾き語りツアー@金沢21世紀美術館にいってきました。めちゃくちゃ楽しかった! 尊い……無理……みたいな感じじゃなく、近くてくつろげて楽しくて、でもゆさぶられてふるわされて、とにかく良い夜でした。忘れないようにそのときのツイートからまとめておきます。

 

 

・いちばん最初に「動画は3曲まで撮影OKです。それくらいかな?うん、それくらい。じゃあライブやりまーす……『ライブやりまーす』って言ってやるのも変か(笑)」で会場が和んでからピアノの前に座って1曲目が「M」でもう一瞬でかんぺきにひえーっとなった。

・3曲まで動画撮ってOKなのもおもしろかったな。何列か前の人のスマホ画面ごしに歌ってるところ見えたり、みんなおもいおもいのタイミングでスマホ構えてたり、アップされた動画もぜんぶ角度ちがったり。

 

大森靖子弾き語りライブ金沢、会場はぎゅっとコンパクトだし、MCも多くておなじこたつに入ってるみたいな距離感でちょうよかった。純喫茶ローレンス推しトークのとこでめっちゃうなずきながら聞いてた。純喫茶ローレンスはまじで金沢に来たら万難を排して行くべき

( あとMCは美大に通ってた時代の話がいろいろ聞けてたのしかった。「鮪漁船のうた」をグループ課題の自主制作映画で使った話とか)

 

・金沢ちょうたのしかった! ラスト1曲前マジックミラーを終えて「(客席を)ぐるっと回ってからのマジックミラー、さいしょからいきなりやるより一人一人の顔をみてからのほうが、なんかいいなって」って言ってる大森さんがすごくいい笑顔で、来てよかった。

(斜め後ろに座ってた人が妊婦さんで、大森さんが話しかけてるときのやりとりを近くで見られてよかった。その人のリクエストは絶対彼女だった)

 

・昨日MCで大森靖子が「ぱいぱいでか美が『大森さんは一人一人にケーキをホールのまま手渡せる人』って言ってくれたことがあって、じぶんでもそうありたいなと思ってるからうれしかった」って言っててぱいぱいでか美いいこと言うなあほんまそれ!とめちゃ感心してぱいぱいでか美さんフォローした。

(このケーキの話、補足しておくと、ライブの前日だかに新聞に載ってたコラムで、「アイドルファンは自分以外のファンが少ないうちは良いが、ほかのファンが増えてくると自分に分け与えられるケーキ1かけがどんどんちいさくなるように感じてしまう。なのでアイドルに依存するのはあまりよくない」(大意)みたいなことが書いてあったのを読んで、同じくケーキの比喩をしていたぱいぱいでか美さんのことを思い出した、という流れでした)

 

・客席ぐるっと回って歌ってくれただけじゃなくてちゃんとぜんいんの顔のぞきこんでくれてたからあああ超歌手!となった。大森さんは「アナログシンコペーション」で「みんなからは私が汚く/私からはみんなが美しく光ってみえる呪いを」と歌うけれど、

・でもやっぱり大森さん自身がかっこよく美しくひかってるからみんなここに来てるんだよ!と思って、この合わせ鏡は共依存ではなく、なぜならただただたのしくてやさしい時間だったから、ひとつもうしろめたくなく、好きでいてよかったなあと思いました(作文)

 

直接関係ないけどライブのあと↓

香林坊でバスを待っていたら母校の制服の子たちがいて、そっか母校は今もあっていままさに通ってる子たちがいるのだなあ……と感慨にふけっている。

 

岡山にTBHツアーを聴きに行ったときの日記は↓

minasokosunadokei.hatenablog.com

夢のなかのミサンガ、または地の底のハーゲンダッツ・ヴェンダー

 夜の話をしよう。
 京都は宇宙一寒い。これは真理だ。そんな極寒の地の底にこの三月まで八年も住んでいたくせに、慣れるどころかいよいよ寒さに弱いこのごろである。新緑の季節になってもヒートテックを履いていたし、衣替えはまるまるひと月遅れる始末。彼の地での暮らしがこの体の構造を変えたとしか思えない。もちろん、思うだけである。
 住んでいたころ、夜にはよくあてどなく散歩した。空のずっと高いところに飛行機の明滅。コンビニで買った紙パックのいちごオレとか提げて、ときにはあほみたいに遠くまで、歩いた。なかに光を溜めた一両編成の叡山電車が、山のほうへ去ってゆくのを見送った。夜歩きに適した季節の入り口、宇宙一寒い冬がようやく終わりかけるころに哲学の道を踏破するのが、いつしか毎年の習いになっていた。
 満開の桜の、真夜中である。昼間、同じ場所に犇めいていたおろかな有象無象が嘘だったみたいに静かだ。ときおりどこかで野犬かなにかの鳴き声がするし、疎水の向こう岸の藪のなかでけものが動いたような音がするし、大きすぎる魚の影がぬろっとよぎるし、豊国神社の狛鼠はかわいい。でもこわい。肌がひりひりする。容赦なく、ものいわず降るばかりのはなびらのなかを、ふらふらと歩いた。

 夢の話をしよう。
 ひるまなのにくらいくらい路地をあなたと歩いている。否、市場だろうか。どちらにせよ狭い、道幅は。外国のようだ。左側には露店やお店の軒先がずらっとどうやら並んでいて、奥まで続いている。奥のほうはもっと暗いから、あまり見えないのだけれど。僕たちはいろいろな品を返しにきた。いろいろな混線やエラーで誰かの手に落ちた品々は僕らのもとへ集まり、それをあるべき場所へ還していく。奥へ奥へと進みながら、左手のお店の店先に置いていく。店主はいないし、中を覗こうとしても首がそっちへ向かない。いま通り過ぎた店でよかったのだったか、このアフリカの親指ピアノを置くのは。宝石や絨毯や剣やそういうのがうずたかく積まれている。かと思えば一瞬後には(いいえ、どこの店も木からできたものしか置いてないんだ――)という確信に射抜かれている。その繰り返し。
 ふと目の前に屋台。道をふさがれた格好だ。店主のおばあさんが一人。とりどりの尾を持つもの(をかたどったもの)が屋根からぶらさがっている。あなたは気付き、僕も同時に気づく。
 ミサンガ。
 あなたは左腕につけているミサンガを、おばあさんに、ぐっと腕を突き出して、見せる。
「お返しする機会がなくて」
「気に入ったかい?」
「はい」
「どこで?」
「ニューヨークにいたときに」
 なら気にすることないよ、と老婆は言う。
「あなたとミサンガのこれからについて、書いて、聞かせてくれればいい」
 なのであなたは水色と白のミサンガをまた連れていくことにする。
 僕の左腕で、黒と白のミサンガが切れる。

 来歴を話そう。
 そのミサンガは高校の部活の、クラリネットパートの同期五人がおそろいでつけていた手作りのものだった。高校を卒業した次の春、僕が雪山に行ったとき、宿の浴場の脱衣所で切れた。簀子の上に落ちたのを拾い上げた感触を、いまも覚えている。
 あなたと初めて出会ったのは、ミサンガが切れたずっと後のことだ。
 あなたは、もちろん、クラリネット吹きではない。
 僕はいまやクラリネット吹きではない。
 いちど切れたミサンガはくっついたりしない。ほんとうは。だけど、切れてしまう前の水色と白のミサンガにふたたび出会えて、やっぱりとてもうれしかった。ほんとうでなくても、うれしかった。

 なぜかひたすらになつかしい、ある自動販売機の話をしよう。
 哲学の道の、ひりひりと静かな夜のほとりにそれはある。お土産屋さんの前、街灯のさみどりの明かりを浴びて、自身はぼうっと真っ白なひかりを放ち、立っている箱。お金を入れてボタンを押せばハーゲンダッツ・アイスクリームが買える。こんなところなのに。こんなところなのに。微熱を帯びたぺらぺらでつるつるの見本写真に手のひらを当てながら、けれどもこれは一人で歩く真夜中のためのものではないと思った。というより、確信だった。いつかきっとあなたと、こんなふうなべつの真夜中に初めて買って食べるのだという、それは確信だった。

 宇宙一寒い地の底に住んでいたころ、あてどない夜を散歩しながら、光ばかりを僕はみあげまた見送っていた。手を振る代わりに手で触れられる光こそが、哲学の道のあのハーゲンダッツ・ヴェンダーだった、ように思う。もちろん、思うだけだ。思うだけでいい。いつかあの四角い白い箱にお金を入れてボタンを押すそのとき、あなたの左腕のミサンガが切れるのを、僕はきっと聞くだろう。
 そう思う。

 

初出:ぺんぎんぱんつの紙 11PM(2014年7月)