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みなそこすなどけい2

水底砂時計ni

きょう、きょうきょうきょうそうきょくやった

↑タイトルは「今日、京響協奏曲やった」ですよ☆

4月20日、京都市交響楽団第499回定期演奏会に行ってきました。

しかも、タダ見。

なぜかというと、視覚障害者の方の手引きをしたから。

うちの団の演奏会でもお世話になっている『光の音符』さんという団体の、お手伝いです。

ホールの入り口から座席まで案内し、休憩時間にはトイレまで付き添う、というごく単純な仕事内容。

だけどやっぱり目がほとんど見えない、というのは想像もつかない世界。

彼らが圧倒的な「他者」であると感じたのは、些細なことによって。

腕時計は、スイッチを押すと声で時刻を知らせてくれる仕組みになっているのです。

僕にとってはなんてことのない座席間の通路も、よくよく考えれば狭い。

普段いかに自分が視覚に頼って生きているかを、少しだけ思い知ることになりました。

この日の曲目は以下の通り。

ベートーヴェン:序曲「レオノーレ」第3番op.72b

モーツァルト:ピアノ協奏曲第18番変ロ長調K.456

ベートーヴェン交響曲第6番ヘ長調「田園」op.68

ピアノ協奏曲、という音楽形態をちゃんと聴くのが初めてだったのでとても新鮮。

でもやっぱり素人耳にもモーツァルト丸出しの音楽でした。

「田園」も有名な旋律の部分だけじゃなくて通して聴くと良いですねー。親しまれているだけあって、何度も聴きたくなりました。

そしてそうさせる演奏でした。

全体的に繊細で大人やなぁ、という感じです。

思いっきり印象評ですが…

帰り際に、この日案内した中の一人が、

「一番好きな田園を生で聴けてよかった」

とおっしったのが、すとんと胸に落ちてきました。

ごく素直に嬉しいと思えた瞬間です。

音楽は老若男女、いつでもどこでも触れて楽しめて、時空を超えたり、ひとびとの心にずっと残ったりするのだなぁ、というのは、きっとありふれた感傷。

だけど、またひとつそのかたちに触れることができただけでもすごい収穫なのではないかなぁ。