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みなそこすなどけい2

水底砂時計ni

万華鏡茄子

これの世に光は満ちて飯を食うあるときは父あるときは母  奥田亡羊

 両親はまだ子どもで、一つの体に住んでいる。意識とか人格とかは、きっかり二つに分かれているわけではないが、そのときどきでベストの配合になって表に出てくるらしい。振る舞いとか所作とかもそんな感じ。もともと母は魚がさばけず、父は生の鶏肉が気持ち悪くておぞましくて触れなかったのだけど、一人になってからはいいとこ取りですいすい調理できる。その代わり背は低くなってしまったので、よく兄とわたしも手伝いで台所に立つようになった。わたしたち兄妹もまだ子どもで、兄は18歳、わたしは今年16歳になる。兄は夏にバドミントン部を引退して暇になったので、毎日のように両親から料理を習っている。わたしはいまは絵を描くのに忙しいので、台所に立ってもまあ言われたことをやるくらいである。料理がうまくなったら食べる人に大して責任を負わなければならないよなあ、という理由により、この方面への向上心は持たないことにしている。

 今晩のメニューは麻婆茄子と麻婆豆腐だった。ホットプレートで第一弾・茄子、第二弾・豆腐の譜陣で挑んだ。第一弾が出来上がったところで食卓を囲み、取り分け、ちょっと食べ始め、なんとなく落ち着いたらそのまま第二弾の調理に取り掛かる。わたしは今日は味噌汁の玉ねぎ半玉とオクラ二つを切った。その後台所補佐を兄と代わった。兄は両親から茄子についての講義を受けながらたのしそうに下ごしらえをした。ホットプレート仕切り係も今日は兄である。夏至からしばらく経っているからそうぎらぎらしてはいないが、夕陽の色が今日も苛烈に鮮やかだ。茄子やピーマンの肌も油膜も、光をみなぎらせ反射している。わたしは自分の器を手の中で右に左にちょっとずつ回したり、傾けたりして、光の角度を変えてながらそれを見ていた。

 母と父が一人になったのは、一年前観覧車に乗ったときだった。もう夕方で、両親が観覧車に乗っている間、わたしは兄とおみやげを見ていた。二人ともモチーフがなんなのかよくわからない別々のキャラクタのキーホルダーをそれぞれ買った。待ち合わせの場所に行くと子どもの姿の両親がいた。観覧車のてっぺんあたりで夕陽がかっと強く光って、気づいたらよくわからないけどこうなっていた、と言った。口に出さなくても会議はできたので、まあとりあえず落ち着いて今日はうちに帰ろうということに決めたらしい。兄は母にへそくりの場所を、わたしは父に今年の特撮ヒーローの必殺技の名前を質問した。質問者と回答者しか正解を知らない類の問いである。確認の儀式はそれだけであっさりと済み、車を運転する人がいないので電車で帰った。

 オクラは味噌汁の中にあっても輪郭を保っていてえらい。われわれ家族もはたから見ればそんな感じだろうか。父と母はもともとタッグで絵と文をかく児童文学作家だったので、特に仕事には支障はなかった。担当さんとかそういう人たちもふうんと言っていた。いま「麻婆茄子、ちょっとピーマンが生っぽかったね」と言ったのは母で、「でも野菜は生でもおいしいよ、歯ごたえもちょうどいいしみずみずしいから」と言ったのが父だ。それを聞いて兄ははにかんでいる。わたしは今度は麻婆豆腐の入った器を角度を変えながら覗きこむ。豆腐は白いので照り返しがきつくない。もう空はほとんど赤くなくなっていた。

 わたしたち家族はいまはみんな子どもで、だけどたぶんずっと子どもではないだろう。まあでも万事そういうものである。諸行無常というやつだ。ほどよく柔軟でいる方がたのしい。遊園地に置いてきた車は、ばたばたしていて結局ほったらかしにしてしまった。それからあのとき兄が買ったキーホルダーはわたしの鞄に、わたしのは兄の鞄にぶら下がっていて、歩くと揺れる毎日である。