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みなそこすなどけい2

水底砂時計ni

忘れて滅ぼす観劇記

今はまだこのぼくはぼくのもの、そう、あなたのものです。そうですとも、恋しいあなたのものです。それなのに一瞬間で――分れて別れてしまう――たぶん永遠にね――いや、ロッテ、違う――どうしてぼくが滅んでしまうことがあるだろう。どうしてあなたが滅んでしまうだろう。ぼくたちはここにいるんだ。――滅ぶ――何だ、それは。からっぽな言葉だ。意味のない響きだ。ぼくの心にとっては何の感じもありはしない。
『若きウェルテルの悩み』ゲーテ高橋義孝訳、新潮文庫、p202-203(斜体はほんとは傍点)

 三月の終わり、東京に劇を観に行きました。「アムリタ5 忘れて滅ぼす」荻窪小劇場です。その感想を書きます、といいたいところなのだけど、劇の感想というより劇をみて考えたことについて書きます、になりそう。ところで荻窪とてもよいところでした。最初の夜には咲きかけだった桜が滞在中に満開になった。駅から路地裏を歩いて行くと東京なのに明かりが少なくて星とか、あと白い月がよくみえた。

 役者さんたちが、声と身体はそのままに、いろんな名前を通過して何度も出会い別れなおす、そういう舞台だった。合計四回観たのだけど、初回のあとに出演者のひとりに「(内容が)つらくなかった?」と訊かれて、「つらかったけど想像してた感じのつらさではなかった」とこたえた。というのも、筋書きつまり過去から未来へと連なる一本の線、を追わなくてよくて、誰かひとり(の連続した人格や境涯)に感情移入しなくてよくて、かえってみやすかった。でも(だから?)つらかった。舞台には水が張られていて、最前列・下手側の席ともなると水面が覗き込めるほどの(サロメのまつげの一本一本がみえた!)近さ。ときおり舞台を行き来する足が跳ね上げる水滴がとんでくる。暗さのせいもあって、あの場そのものが自分の内面とつながるような変な感覚。じぶんの身体は覚えていて、でも意識の底に(目を背けながら)沈めていた感情? 情動? 記憶? 果たされなかった欲望? とかそういう名づけられない心の破片が、劇を観ているうちにてのひらに載っていて、触覚でその正体がわかった。そういう感じ。

日記より。
「そう、わたしは殺されたかった。でも死ねなかった。彼女のために/せいで、せめて死にたかった。でも死ねなかった。彼女は僕を殺すどころか、憎んですらくれなかった。離れていっただけ。〈忘れさせてくれないのなら、どうして殺してくれなかったの?〉……その問いだけがぐるぐる頭の中をめぐっていた。暗やみの中をめぐっていた。ロッテが〈私を神聖視しないで〉みたいに言うところもつらかった。最後の暗転の、〈でも忘れられなかった、滅ぼしきれなかった〉場面で泣いていた。照明がともって、水面に自分の欲望をようやくきちんと見て取ることができた。こんなに時間が立ってからようやく、初めて」

 あっそうか殺されたかったのか、っていう気づきは、でも実のところかなり穏やかにやってきて、落ちてからずっとあとになって気づいた憑物だから、だとしても、やっと認めて名づけることができて、これからちゃんと忘れられるのだろうなと思った。いまさら。絶対に一生許さない、ってずっと思っていて、なのにいっぽうで、苦しいからすぐにでも忘れたかった。どちらともを大事に抱えて手放せなかったから、だからあんなに引き裂かれてつらかったのだ。

「そう、わたしは殺されたかった。生きる言い訳にされるくらいならどうして憎んでくれなかったのだろう。それがほんとうに、ほんとうに苦しかったし、悲しかった」

ダブルキャスト両方みた! 在/不在とか拒絶すること/受け入れることとかのコントラストのつけかたが違う感じでおもしろかったです
・四回も観たのでさいごには出てくるみんなに対して「ばかだけどかわいいやつめ」みたいな気持ちになったんだけど、百輭(ひゃっけん)先生だけは一貫してグロテスクに感じて興味深かった。クルツの腕をとって「猫か。猫なのか」って言ってるところとか。
・水が張ってあるので足下ばっかりみちゃう。水の深さとかズボンの裾の折り返す長さとかが変わっていってた? ワンピースの裾から水滴が落ちてくのがきれいだった。
・好きだったところたち。あやちゃんの人がやる気なさそうにカレー作ってしょうくんの人がうきうきしてるところ。「恋の翼を借りてとんできました」「俺は何を……」。サロメが服や髪の水を絞るところ。ヨカナーンロミオとジュリエットの行く末をまくし立てるところ。
テネシー・ワルツきくと涙がでるようなからだになってしまった。

 初回の上演を見終えてなんだか興奮して飲み下せなくて頭ががんがんしながら駅へ向かう途中で、一緒に観に行った人が劇場に忘れ物をしたことに気づいて引き返した。一度はまっすぐ表通りを帰っていって
、引き返して、劇場でぶじに忘れ物を受け取ったのち、なぜか「さっき(開演前に)きた道をもどりましょう」ということになった。ざらざらした春の、まだすこし冷たい空気が不思議に鮮やかに印象に残っていて、「忘れて滅ぼす」テーマについて考えるとき、きっと決まってこの夜道を思いだす、予感がしている。

 みたび日記より。
「たましいに過去も未来もない」
「忘れられなくてもほろぼして、おやすみの向こう側へ行くこと。こんどこそ手をはなさずに」

 おやすみなさい。またあした。