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みなそこすなどけい2

水底砂時計ni

関係性という幽霊、信仰という疼き ――新井煮干し子『渾名をくれ』に寄せて

感想

 さいきん思うのだけれど、「関係性」って幽霊みたいなものだ。読者として作中の2人(以上)について、たとえば「お互いすぐ憎まれ口叩くけどラブラブ」とか思ったとしても、それって外側から、あるいは上空から観察して作り上げた解釈でしかない。現実の場合だって大差はないだろう。AとBを誰もが恋人同士だと認識していたところで、関係性のディテールは観察者の立ち位置によって変わるし、時間の経過に伴って1秒ごとに変わる(もちろん恋に限らず)。写真のネガにも映画のフィルムにも焼き付けられない不定形の白い影。当事者であるAとB本人すら、しばしばその幽霊に魅入られる。そのとき、Aが見ている幽霊とBが見ている幽霊の姿が異なるばかりか、BはAという一人を愛しているのに、AはBその人よりもむしろ「Bとわたしの関係」という幽霊そのもののほうを愛してしまうことだってある。度を超えて「関係性」に入れ込む態度は、目の前にいるはずの生身の相手の姿を見失わせる。触れているのはあなた、見ているのは幽霊。その食い違いに気づくのは、いつだって後になってからだ。

 新井煮干し子『渾名をくれ』(祥伝社)に登場するイラストレーター・天羽(あもう)は、けれどもそんな「幽霊」を見ていない。すくなくとも、見るまいと固く決意している。彼が見据えるのは彼の神様、人気モデルのジョゼだけだ。中学の入学式でジョゼを見つけて以来、天羽にとってジョゼは信仰の対象だった。ふたりは高校卒業後の上京当初から同棲しており、肉体関係もあるが、天羽は奔放なジョゼの生き方に干渉しない。潔癖とも言える意志をもって、天羽はジョゼに手を下さない。天羽の信仰は、ジョゼの絵を自分のためだけに描き続けること。見返りとか自分の望む姿とかを投影しはじめたら、神様ではなくなってしまう。だからジョゼのせいで起こる疼きを、天羽は決してジョゼの前で開示できないのだ。

 好きになった相手(恋に限らず)に僕はすぐにああしてほしい、こうしてほしいと(ぜんぶは伝えないにしろ)望んでしまうし、こんな姿をしていてほしいという欲望でこの目の見え方を歪めてしまうから、天羽の愛し方にとても面食らった。というか、それは愛だろうか。関係性という幽霊ばかりにかまけて相手の姿を見失うようなことは愛じゃない(すくなくとも愛し合うことじゃない)、それはわかる。ならばその逆は? 天羽はジョゼからなにひとつ奪わない代わりに、なにひとつ与えもしない。「信仰」とは「与えない」ことだろうか。一方で、ジョゼはすべてを与えたいし、天羽だけに奪ってほしい――。

 物語の開始時点で、ふたりの関係は致命的なディスコミュニケーションを抱えたまま、氷のように美しく凍結している。ジョゼの後輩モデル・剣(つるぎ)がふたりの暮らす部屋へ転がり込むことで、氷はすこしずつ、いびつに解け始める。ホラー映画のなかの目撃者としての剣が、天羽とジョゼが禁欲的に蓋をし続けてきた幽霊の姿を浮かびあがらせたのかもしれない。

 物語の中盤、ジョゼがいない夜、剣と飲んだ帰り道で天羽がひっそりと口にしたジョゼとの関係性のロマンチシズムは、幽霊と呼ぶにはあまりにも、クリスタルのように透明だ。

「もしぼくが嫌がるジョゼとブエノスアイレスへ逃げたら?」
「たまに写真を送ってほしい」
「ジョゼが迎えに来いって言ったら?」
「月までだって迎えにいくよ」(p.90-91)

 ここまで関係性についてばかり書いてきたけれど、言葉なんかで語れるのはせいぜい幽霊についてくらいだからだ。けれどこの作品がすごいのは、クリスタルを内側から粉々に砕きかねない心身の疼きを絵が雄弁に、偏執的に描き出していることだ。これはもう読んでもらうしかないのだけれど、がくがくとして美しい肉体の造形、瞳が帯びる尋常じゃない熱とその裏側に纏いつく憂い、その視線を受け流しながらも交わる空間そのものの密度、ぜんぶに圧倒される。とくに終盤、剣が部屋を出たあと、ジョゼが転んで鼻を怪我して「そと 外に こんな顔で出られるわけないだろ……」(p.120)と激昂する場面と、それに続いて、堅牢に築いてきた信仰を天羽がジョゼへの告白によってみずから崩しはじめる場面(窓から夜の明かりが差し込み、ジョゼは裸で立ち尽くして聴いている)がすさまじい。読み終わってしばらくはうずくまって動けない。

 BLを読むことは僕にとって萌えとか言ってられる場合じゃなく、たいていとても苦しくて、描かれている感情とか共感のレベルでのつらさももちろんあるのだけれど、この作品に関してはとくにこの正体のわからない「疼き」が胸を焼いて苦しいのだった。信仰とか愛とかについて、価値観がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて混乱している。だけどこの混乱をもたらしてくれたことを不思議とうれしく思う。ほんとうにとてもとてもつらいので、だからこそ何度も読み返す予感がしている。

 あとがきで作者は「信仰よりも難しいことを天羽にしてもらおうと思いました」と述べている。「信仰よりも難しいこと」とは、「ふたりで同じ幽霊を見る」ことではないだろうか。物語の最後、3人で小田原へ紅葉狩りに向かうべく乗ったロマンスカーの座席で、剣がもう紅葉の時期には遅い可能性を指摘すると、天羽は「ハゲ山見に行くかあーー」と締りのない油断しきった表情で口にする。かつてジョゼを迎えに行くことを夢想した「月」と比べて、小田原のハゲ山はあまりに卑近で身も蓋もないのだけれど、もはやふたりのためだけのものとなった「ジョゼ」という血の通う「渾名」のように、そこにはさわれる幽霊がいるのかもしれない。ハゲ山に紅く染まった葉を幻視して、それぞれが見た色を(あるいは言葉ではない手段で)かんぺきに教えあえるときが、ジョゼと天羽にも来るだろうか。来ることを願う。

渾名をくれ (onBLUEコミックス)

渾名をくれ (onBLUEコミックス)