みなそこすなどけい2

水底砂時計ni

稀有だけどきっと奇跡じゃない恋の話 ――いけだたかし『ささめきこと』完結に寄せて――

じゃあ私は?
……私は?

大好きな
すみちゃんの側に
いるために嘘ばかり
ついている私は

すみちゃんには
どう見えてる?
  (いけだたかしささめきこと』5巻p.124-125)

(※ネタバレあります。そこまでクリティカルに触れてはいないと思うけれど。)
 
 『ささめきこと』の最終9巻を読み終えて1ヶ月と少し経った。読み終えたそのときはそれはもうかなり傍から見て気持ち悪いくらいテンションが上がりまくって、母音の多いおめでとおおおおおをTwitterに叫んだりしていた。そのくらいハッピーエンドだったのだ。エンドマークは便宜上ついたものの、作品の中の世界ではこの先も彼女たちの日々は続いていく。続いていくけれど、ああ彼女たちなら大丈夫絶対なんとかなるよって掛け値なしに読者に信じさせてくれる、最高の形のハッピーエンドだ。「彼女たちのたたかいはこれからだ!」という著者いけだ先生による9巻の見返しコメントは一見照れ隠しのようでもあるが、いや実はほんとうにその通り、文字通りなのだ。この作品はいわゆる「百合」ものである。女子高校生同士の恋愛をメインに展開される学園もの漫画だ。中でも主役の二人、風間と純夏(かたや姓かたや名だが純夏の「風間」呼びが好きなのでこう呼びます)の思いの軌跡をじっくり丁寧に誠実に描いている。今「きせき」が「軌跡」と変換されたが、さて二人の辿ってきた、そしてこれから先の道行きは果たして奇跡なのだろうか。同性愛がテーマでハッピーエンドときたら、まあ奇跡でしょ…って誰しもちょっとは思っちゃうじゃん、残念ながら。ちょっとその辺も併せて考えてみたいです。
 上に述べた通り読後感は圧倒的な祝福の気持ちだったのだけれど、おめでとうの前だったか後だったかに口をついて出たのが「ああ、とてつもなくいい恋愛小説だったなあ」だった。一瞬あとにこれは漫画だと間違いに気づいたのだけれど、でも言い間違いの方もなんとなくしっくり来る気がした。野暮だが少し補って言い直そう。「『ささめきこと』は良質の恋愛小説である(〈百合〉というカテゴリーなんて軽々と越境するほどの)。」

 と、ここまで書いてちょっと大風呂敷広げすぎだしそんなに肩に力入れなくても感想書けるじゃろと思い直したので、もうちょっと楽にでも愛をこめて書きます。ふんす。

 最初はさー、やっぱばりばりに純夏視点で読むじゃん。うおー片思い辛いよねええ空回りもするよねええわかるわかるぞおお。でも気がついたら、いつの間にか風間視点で読んでて風間に超感情移入してんの!6巻の冒頭、風間が部屋の床を激しく叩いて転げ回り、喚き散らし涙を流す場面を見ながら、――あれ?いつの間になにこれなにこれ?風間の感じてる苦しさとリンクして自分の胸が痛いよなんで?――となりましたともさ。その束の間、今・ここを離れて自我がなんとなくふわっと遊離して抜け殻の自分を眺めているみたいな、周りが全部空白になったような感じがした。あとになって考えたらそれと似た感覚を前にもこの作品のどこかで抱いたことがあるのだった。
 どこかというと、5巻収録の29話で風間が群集の中で「じゃあ 私は?」と自問する見開きのシーンだ。ささめきことの作中で一番深く心に刻み込まれてしまったのが実はこのシーンで、その後の展開を知った今でもこのページを開くと胸が痛い。純夏と風間の間には3巻でロッテのことを巡ってすれ違いが起きる。でもそれがきっかけで風間はようやく純夏への思いを自覚するのだけれど、意識した途端に風間は今の関係を失うことが何より怖くなる。そうなるともう共依存へ一直線だ。お互いがお互いの側にいるために、相手を傷つけてしまうことをなにより恐れて、本心を偽る。そこへ女子空手部の新入部員、松原恋乃(この子もこの作品の功労賞)がアルバイトをしているところに遭遇し、自分以外の皆が「本当は毎日凄く頑張って」いるのではないかと思い至り――この記事の初めに引用したモノローグに辿り着く。辿り着き、愕然として足を止めてしまう。
 視点人物だったキャラクタからカメラがぐっと引いて、その他大勢(でも、その中の一人一人全員がのっぴきならない人生を闘っている)の中にぽつんと彼女が居る、という構図が作中に他にも何度か出てくる。なんだかそういうシーンで繰り返しぐっと来てしまうのだ。5巻の風間以外で特に印象に残っているのが、4巻24話の純夏と9巻51話の蒼井さんだ。

――――違う

……風間だって普通の人間なのは
自分が一番よく知ってるじゃないか
ただ女の子を好きになるくらい
なんだっていうんだ (4巻p.142-143)

あ…

特別なのは
あの二人じゃなくて…(9巻p.127-128)

 ああ、なんだかこの3つのモノローグを引いてみたらこれで満足しちゃったみたいなところがあるかも。

 純夏も風間も、みんなとは違う〈異質〉を持っている。あるいは持っていると思い込んでいる。かなり厄介に抱えているのだ。純夏にとっては、空手バカのカワイくなくて近づきがたい「暴刀村雨」であること。風間にとっては、見境なく同性を好きになる気持ち悪い珍獣(美少女だけどな!)であること。中学時代に風間の転校により出会った二人は、お互いに相手の〈異質〉を許容しあう。いや、許容するもなにも、だからなんだって言うんだと自然に受け入れる。かわいい女の子が好きという志向を風間は純夏に屈託なく打ち明け(ぶちまけ)、そうしてただ一人にただ一人として(恋ではなく)信頼されることで純夏もまたどこかで深く安堵する。自分自身への後ろ向きな思い込みを砕いてくれた相手といつしか常に一緒にいるようになって…
 そうしてお互いがかけがえなく無二な存在になっていく。2巻の終わり、我慢できなくなった風間が純夏へ電話をかけるエピソードはとてもまぶしい。ただ、風間は純夏を振り回すことが、純夏は風間に振り回されること「そのもの」が安心の源になってしまいもする。
 『ささめきこと』は主役二人がそのトーサクを自覚し、乗り越えるまでのお話だ。

 中盤(ロッテの風邪の件があってから)の二人はふたりともひどく臆病で見ていられない。すごくかいつまんで言うとこんな感じ。
 ――私はあなたの側にいたい。でも、私が異質であることがあなたを傷つける。異質な私はあなたにはそぐわない。でもあなたがいないと私はだめだ。だから私は何度でも嘘を吐く――

 違う。違うんだ。あなたがコンプレックスに思っている性質そのものが人を傷つけるんじゃない。それを悪く言う奴らが悪いんだ。私にはあなたの異質さなどなんでもない、あなたが好きだ。
 そうやって再び言い合うことしか、何度でも確かめ合うことしか、きっと解決なんてないのだ。自分の後ろ暗い部分をお互いに塗り隠していたっていいことなどないんだ。ハチとみやこのバカップルっぷりを見ていただろう。朱宮くんや蝉丸さんの譲れない部分では決して臆さない意志の強さを、見てきたではないか。彼女らは誰か一人でも無様だったか?

 でも、怖い。たとえ頭でわかったとしたって怖いよね。だって、「好きって言ったらトモダチじゃなくなっちゃうんだものね(1巻p.15)」。けれども、純夏への思いを自覚しがんじがらめになって、いっそ自分を投げやってしまいたくなった風間を、純夏は再び見つける(6巻の骨折と公園の話)。そのときから、停滞していた二人の歩みはゆっくりと、今度はもっと明るい方へ進み始める。この作品のターニングポイントを言うとしたらここかなあと思う。それまでの二人は「好きって言いたい、けれど言うことはできない」気持ちを後生大事に抱え込んでいたのが、「どうやったらきちんと好きって言えるだろう」という前だけを見据えた自問へと変化する。この転換点、6巻33話の美しさには息を呑む。ハチの口が滑ったことで、期せずして自分への純夏の思いを知ってしまった風間が、自宅のベランダから街並みを眺めるシーンだ。見開きで描かれた夜の景色の中に立ち尽くす風間の姿はまだ危うげではかないけれど、だけど、どこかとても強い。

この空の下に私の好きな人が
私を好きな人が―― (6巻p.62-63)

 結局最終巻、作中時間で高校3年生になるまで二人はキスもしないのだけれど、何度も危機はあって、だから読者としてはそれはもうはらはらしたしもどかしくて死にそうだったけれど、でもやっぱりこの二人にはこれだけの時間が、積み重ねが必要だったのだなと思う。だから、フィクションであることを差し引いても、同性カップルに周りの理解がありすぎるのではないか、みたいな批判がもしあったとしても、それはちょっと的外れだ。二人の間で気持ちを育む過程を、あきれながらおせっかいしながらなんだかんだで純夏と風間を見守る人たちを、これだけ丁寧にずっと描いてきたのだから。女の子同士が結ばれたからというだけの意味で奇跡だなんて言うのは絶対に違う。
 いわゆる性的少数者は周縁的な存在だと言われる。でもほんとうにそうなのだろうか。いやたぶんきっと、誰もがみんなマージナルなのだ。目に見えない境界なんて勝手に作られただけだ。先に引いた蒼井さんの「特別なのは…」という独白は、そのことへの気づきに近いものだと思う(9巻のキョリちゃんはファインプレーだったけど、それと同じくらい蒼井さんのこのモノローグが一読者としてはじわじわと大好きで!)。深読みし過ぎでしょうか。
 ただやっぱり、多数か少数かとか、正常なのか異端なのかを考えてみたところで、そんなジャッジが一体なんだ。あなたと私の間の世界でただひとつの関係。それが人の数・出会いの数だけあるということに尽きるんじゃないか。

 のっぴきならなくて、苦しくて、壊れやすくて、だけどどうしてもつなぎとめていたい。
 そんなただひとつの関係を、純夏と風間は生き続ける。
 
 そしてたぶん、みんなそうなのだ。
 最終話の直前でモブの女子生徒がしれっと言っていた科白に、だから僕は深くうなずく。
 

何って そりゃあ
普通に恋の話でしょ?(9巻p.129-130)

 ちょっと後半は作品からやや上空へ俯瞰しすぎたきらいもありますが、一番言いたいことは書いたかなーと思います。乱文失礼しました。まだまだ言いたいことは尽きないけど!絵について(泣きの絵がものすごく魅力的)とか、表紙のこととか、風間兄や朱宮くんの話とか、などなど。ことばが熟成したら書くかもしれないです。ともあれ……
 純夏と風間に、ありったけの祝福を。

ささめきこと 9 (MFコミックス アライブシリーズ)

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悲しいほど青く /  虹色ポケット

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