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みなそこすなどけい2

水底砂時計ni

「町」と出張くらげ

日記

 わたしはわたしのなかに、心臓のような、言葉を持たない、なつかしい動物がいるということを、時々思い出しては安心する。

 盛田志保子『五月金曜日』 晶文社

 京都で合宿があってその一週間後に東京へ行ってきました。去年の1月以来かな。なつかしい人たちにたくさん会えて嬉しかった。東京駅の煉瓦の建物の地肌がちらほら見えていた。東京はどう考えても生活する所ではない、あそこでみんな暮らしているなんて嘘だなあと思った。

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 夜行バスで早朝に東京駅に着いてとりあえずすることも居座る場所もないので新宿へ。東京駅の地下にあるプリキュアプリティストアの開店までその辺で待っていられなかったので前だけ素通り。帰りも結局閉店までに寄れなかったのでまた次の機会に。

 新宿についたあたりから風が強いのなんのって強かった。気温はコートがいらないくらいだったのだけれど春の突風がごうごう吹いていた。新宿御苑を歩こうかなーとも考えていたけれど断念。ネットカフェとファーストキッチン京王百貨店の屋上(こんな風なのに琉神マブヤーショーを決行していた)を経て、東口で待ち合わせ。新宿ダンジョン外から回ればこわくない。

 まずアオハルくんが来て、二人で歩いてお店まで行って、待っていたらなつこさんが来た。ふたりともいつもインターネットで喋っている感じそのまんまだった。最後にあいちゃんが来た。東京に行くからにはハイカラなものが食べたい!とリクエストしたらとても良い洋食屋さんでした。アカシア新宿本店。ロールキャベツとハヤシライスが一皿に載ったキャベハヤを頂いた。美味しかった!そのあと4人でプリクラを撮った。プリクラはかなり久しぶり。

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 というWデート?を終えて歌集『町』の批評会にやや遅れて見参。新宿から馬場経由で早稲田まで優秀に乗り換えをこなせて心の中でドヤ顔をする。批評会はなじみの顔とボスキャラなど織りまぜて、会場の全員がものすごい高度な共犯意識(?)というか信頼で喋っていた。会場発言が多くて楽しかった。話題が冒頭からかなりヘビーでライフがけっこう削られたけど。

 少し覚え書き。自分の喋ったこと(プラスα)をちょっとだけ詳しめに。

 普段歌集を読んでいると、最初の数ページでどうしても「あ、この人けっこう好きかも」「今回のこの人はこんな感じかあ」「感覚には乗れるけど感情の出し方がしんどいところあるなあ」みたいに、どうしても歌集を通底するものを想定してしまう。その時にテキスト外の、作者自身についての情報をも援用して、その歌集の裏に一貫してある(ことにする)「顔」を描いていき、次の歌を見て方向を修正してはまた思い描き、という作業をどうしてもしてしまう。歌ごとに一息ついては、「ことにする」をし続けていく。これはもう習慣。

 ……なのだけれど歌集 『町』は一首一首の作者が誰か明記されておらず、一冊を通底するもの、一貫して裏にある「顔」などはないですよという形式を取っている。じゃあその建前に乗っかってしまえばどうなるかというと、一首ごとに立ち止まって「顔」を思い描き修正する作業を行わなくて良いのだ。歌集を読むときの自分に課していた暗黙の制約から開放される。その読み方を自然と選んだので、この一冊は読んでいてとても楽しかった(ちなみにしばらく積ん読していて、去年の大晦日に祖父母宅のこたつで読んだのが最初です)。ある歌の次に置かれている歌は作者のまた別の表情や手つきの表れである前に、単純にひとつの別な短歌なのだ。

 という建前に乗っかるにはルールを信じきることが必要なので、無記名にしたことの意図をあれこれ考えることとはぶつかってしまう。僕は舞台で演じられているお話そのものを楽しむ方がお得かな、と思って読んだけれど、でも役者自身の「ここはこう受け取って」という素振りが見えてしまう歌も中にはいくつもあった。見えてしまうけれどちらっとしか見えない、答えの形では見えない。見透かすには見透かすことへの集中が必要になる。その辺をどっちにどのくらい力を配分するかをけっこうみんな悩んでいて、読者ごとに異なっていたなあという印象を受けた。この比喩が適切かどうかは自身がないけれど。でもあとがきがカーテンコールみたいだなあ、というのはかなり本心です。普通の、個人の歌集も読み切って最後にあとがきを読むのが好きなのだけれど、歌集『町』の場合は町民6人が横並びになりお互いの手を取ってこちらへお辞儀、という感じが新鮮で、好きだった。

 全然まとまらないですが、こんなところです。あと、家の集の方の「家集」という言葉はどうして廃れてしまったのだろう、と今ふと思いました。近代以降の歌集はどちらかというと家の集ばかりなのでは?この本は歌集『町』というより、「家の集」に対して「町の集」なのかもしれない。

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 春の大風も夜には止んで雨も上がっていた。東京の夜はなんだかんだでビル風が寒かった。昨夜遅くに夜行バスに乗って今朝早く京都に帰って来ました。行きしなに駅ビルで見た、京都水族館から出張してきたくらげ達が水族館のPRコーナーごといなくなっていた。これで再会しに行く準備ができた。くらげまたね。