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みなそこすなどけい2

水底砂時計ni

窓のあなたとわたしの背中 ――アニメ『フルーツバスケット』感想

 高屋奈月の同名漫画が原作のアニメ『フルーツバスケット』をニコニコ生放送での一挙放送をタイムシフトで見ました。視聴期限内にぶっ通しで見るのはけっこう厳しく(お盆でお出かけしたりしてたし)、一日目の最後の方(10〜13話)は見られなかった。でもすごくよかったです。
 もともとこの作品に興味を持っていつか読まなきゃ・見なきゃと思ったきっかけが、ある人がはじめて会ったときの僕の印象を振り返って「なんでかわかんないけど、例えるなら本田透」って言ってくれたことなのでした。見終わってみると……透君だなんてそんなお、おそれおおい。でもおにぎりを握るのは大好きです。登場人物で特に好きなのは夾君! あと花ちゃんとあやめ兄さんも好きです。まあでも結局みんな好き。らぶゆー。
 まずさー、人が人と関わってゆくときにたちはだかる壁とか障害とかを、「異性に抱きつかれると十二支の動物になっちゃう!」っていう目に見える仕組みにしたのがわかりやすいしかわいいしえぐい! 絵面だとデフォルメが効いてるからドタバタで済むのだけど、当事者からしたらそれどころじゃないっていうのがなー。だからこそ終盤の猫とかあんなにつらいわけで。各々の不器用さとやさしさに胸が痛むし温かくもなって泣きつかれて呆けましたとさ。条件こそ「異性に〜」なんだけど、色ボケみたいな人がいないし(素子先輩含む)、概して性別が迷子ぎみなのも居心地の良い世界でした。
 一挙放送なので何度も何度も繰り返し見ることになるオープニングとエンディングがまずとてもすばらしい。数日間は頭の中で鳴り続けてしまった。
 ここからちょと深読みぎみに書いていきます。

18話から考える
 屈指のギャグ回でありながら素晴しい幕間。この話は視点が特異で、透君サイドからではなく、外側から透君サイドを描いている。22話も素子先輩視点だが、この18話はハンディビデオカメラ越しの映像からして明らかに異質。17話が杞紗のエピソードで、由希が「俺たちは動物でなく人間。十二支だってそう」発言したのを受けて、「人間扱いしない」側の人たちに視線を添わせている。完全な対岸の悪者にせず、コミカルな描写によって相対化。心からの、互酬的な「好き」とそうでない決めつけの「好き」との対比。ファンクラブによる名指し方の規律と、呪いの条件としての名前を知ること。愛と呪いの両義性。「私の弱点はいつだって透君なのよね」。


オープニング映像から考える
 OP映像では、みんな画面の奥側=窓の向こうを見ている。*1 例外は椅子取りでおにぎり呼ばわりされたときの幼い透君、写真立ての中のお母さんがこっちを向いているのと、洗濯物を干している現在の透君が画面右を向いて、降ってきた桜のはなびらに気づいて横顔が上を向くところ。
 お母さんの写真は本作においてかなり象徴的で、写真=四角い枠=思い出は拠り所であると同時に桎梏でもある。本編中に挿入される回想シーンは概して静止画的で、現在のドタバタ具合とは対照的。だから窓=四角い枠の向こうを見ているのは、逃れられない思い出と目が合っているということでもある。はとりさんの視線の先に雪が降っているのとか、まさにそれ。窓の向こうを見ている彼ら、を容れた四角い枠が横にスライドしていって、それは時間がゆっくりと残酷に過ぎてゆくことの暗示でもあるのだろう。視聴者からは彼らの背中=梅干しが見えていて、でも彼ら自身には梅干しは見えていなくて、というのもまたもどかしい。だから透君の無邪気な笑顔と、お母さんの慈しむような笑顔が画面のこちら側を見てくれて目が合うのが、草摩の彼らにとっても、視聴者にとっても救いになる。だから現在の透君が横顔を上げるのが、とてもまぶしい。
 紅葉のエピソード(15話)では彼も母親の写真を持ち歩いていて、いつか負けないために、それに縛られながらも思い出を持ち歩く。過去をどんなに忘れたくて消せなくても、それでもきっと「変わってはゆけるから」。
 (ちなみにエンディング映像ではまた四角い枠の中に、今度は近い過去=その回の振り返りがあって、でも静止してないで生き生きと動いていて、素晴らしきlove & life!)

 あとここからちょっと感想の枠を離れてちょー個人的でちょー恥ずかしいこと書くけど、「誰かのため」ということについてとても考えなおしました。「誰かのため」と言いながらその誰かを言い訳にして踏み台にしている、なんてままあることで、そんなことばかりだなって思ってて、だから自分のためにしか生きないって半ば決めつけていた。のだけど、今回この作品を見ていてぽろっと思ったのが、「誰かのためと自分のためがいつなんどきも両立しえないなんてことはない」んじゃないか、ということでした。透君の無尽蔵のキャパシティはもちろんファンタジーなんだけど、それでもできる限りは彼女のように顔を上げて笑ってたいなーって。

 最後に、全編通して印象ぶかいシーンは、三人で手をつないで帰るところでした。仮面ライダーオーズのときも思ったけどあれは本当に良いものですね。同居してて、実の家族でも恋人でもない三人で、並んで歩ける日々がずっとは続かないのだろうなという予感はあって、でもだからこそ満ち足りていて。
 あとお正月の回がとても幸福で、あの光景をずっとだいじに覚えていたいです。漫画も読まなくては。


フルーツバスケット (1) (花とゆめCOMICS)

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フルーツバスケット DVD-BOX

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フルーツバスケット ― 四季 ―

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*1:スマートでない自註をしておくと記事タイトルの「あなた」は「山のあなた」とかのあなたでもあって、つまり遠くの方ってことでもあるのよ